『五島列島キリシタン物語』~周遊編~【3市町合同】

観光バス・タクシークルージング徒歩教会巡りグルメ&スイーツガイド付き

「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」

五島列島の潜伏キリシタン関連遺産を巡る2泊3日の物語

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基本情報
出発日2024年
4/27(土)~29(月) 5/3(金)~5(日)
7/13(土)~15(月) 8/10(土)~12(月)
9/14(土)~16(月)
旅行代金大人(中学生以上):65,000円
【旅行代金に含まれるもの】ガイド料、各交通費、昼食代、観光料金(入場、拝観等)、巡礼マップ、手帳、消費税等諸税
※関係交通機関の運行状況や天候等により催行できない場合もございます。
宿泊のご案内※各島での宿泊は付いておりませんのでお客様ご自身でのお手配をお願いいたします。
宿泊施設のご案内(市町をクリックすると宿泊のご案内をご覧いただけます。)
五島市 お問合せ先:五島市観光協会(電話:0959-72-2963
新上五島町 お問合せ先:新上五島町観光物産協会(電話:0959-42-0964
小値賀町 お問合せ先:おぢかアイランドツーリズム協会(電話:0959-56-2646
申込方法申込フォームよりご予約できます。
申込期限出発日25日前の17:00まで
募集人員最少催行人員:5名様
集合場所集合時間福江港ターミナル1F(五島市観光協会売店前)
9:45集合(出発時刻10:10の25分前)
行程表【1日目】
福江港(9:45集合・10:10出発)~~~小値賀港・・・昼食・・笛吹港・・・野崎島ビジターセンター・・・野崎集落・・・旧野首教会(改修工事のため見学ができません)・学塾村・・・野首集落・・・野首港~~~笛吹港(17:20解散)【小値賀町宿泊】

【2日目】
はまゆう船港(8:20集合・8:55出発)・さるく~~~小値賀町歴史民俗資料館・・・小値賀港~~~津和崎港===仲知教会===江袋教会===青砂ヶ浦天主堂===昼食===頭ヶ島天主堂===旧鯛ノ浦教会===やがための駅===五島うどんの里(16:30解散)【新上五島町宿泊】

【3日目】
五島うどんの里(9:00集合・9:20出発)===中ノ浦教会===桐教会===深浦港~~~キリシタン洞窟~~~ハリノメンド~~~奈留港===昼食===奈留島世界遺産ガイダンスセンター===江上天主堂===奈留港~~~五輪港・・・旧五輪教会・・・五輪駐車場===牢屋の窄殉教記念教会堂===浜脇教会===田ノ浦港~~~福江港(17:30解散)

【表記について】~~~定期船・チャーター船 ===貸切車 ・・・徒歩
注意事項※江上天主堂(奈留島)を内観される場合はコロナウイルス感染症防止のためマスクの着用をお願いします。
ご協力できない場合は内観をご遠慮いただきます。
※旧野首教会は令和5年10月1日から令和7年6月30日まで大規模保存修理工事に入ります。外観見学ができません。

※船と陸間の乗降や徒歩区間があるため、足腰に自信のない方の参加はご遠慮ください。(車椅子不可)
※野崎島内での移動は徒歩です。急な上り下り坂もありますので、運動靴での参加をお願いします。
※久賀島では行程に約500m上り坂の山道散策区間があります。(動きやすい服装・靴でご参加ください。)
※船の移動は定期船もしくは海上タクシー、車の移動はバスもしくはタクシーです。
※海上時化によりツアーを中止する事もありますので予めご了承のうえ、お申し込みください。
キャンセル料出発日の10日前以降の取消・・・・旅行代金の20%
出発日の7日前以降の取消・・・・・旅行代金の30%
出発日の1日前以降の取消・・・・・旅行代金の40%
出発日当日の旅行開始前の取消・・・旅行代金の50%
出発日当日の旅行開始後の取消・・・旅行代金の100%
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旅のポイントBEST5!

「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」
12の構成資産について詳しくはこちら

©長崎県観光連盟
提供:(一社)長崎県観光連盟

⑧野崎島の集落跡

「野崎島の集落跡」は、潜伏キリシタンが信仰の共同体を維持するに当たり、どのような場所を移住先として選んだのかを示す5つの集落のうちの一つである。
 19世紀、外海地域から各地へ広がった潜伏キリシタンの一部は、沖ノ神嶋(おきのこうじま)神社の神官(しんかん)と氏子(うじこ)しか人が住んでいなかった野崎島を移住の適地として選んで移住し、神社の氏子として信仰をカモフラージュしながら、ひそかに共同体を維持した。
 解禁後はカトリックに復帰し、野崎島の中央部と南部の2つの集落にそれぞれ教会堂を建てたことにより、彼らの「潜伏」は終わりを迎えた。

©長崎県観光連盟
提供:(一社)長崎県観光連盟

⑨頭ヶ島の集落

「頭ヶ島の集落」は、潜伏キリシタンが信仰の共同体を維持するに当たり、どのような場所を移住先として選んだのかを示す5つの集落のうちの一つである。
 19世紀、外海地域から各地へ広がった潜伏キリシタンの一部は、病人の療養地として人が近づかなかった頭ヶ島を移住の適地として選び、仏教徒の開拓指導者のもとで信仰をカモフラージュしつつ移住し、ひそかに共同体を維持した。
 解禁後はカトリックに復帰し、禁教期における指導者の屋敷の近くに教会堂を建てたことにより、彼らの「潜伏」は終わりを迎えた。

提供:五島市

⑩久賀島(ひさかじま)の集落

「久賀島の集落」は、潜伏キリシタンが信仰の共同体を維持するに当たり、どのような場所を移住先として選んだのかを示す5つの集落のうちの一つである。
 18世紀後半以降、外海地域から各地へ広がった潜伏キリシタンの一部は、五島藩が積極的に久賀島に開拓移民を受け入れていることを知り、既存の集落と共存できそうな場所として選んで移住し、漁業や農業で彼らと互助関係を築きながら、ひそかに共同体を維持した。
 解禁後はカトリックに復帰し。島内の各集落に教会堂を建てたことにより、彼らの「潜伏」は終わりを迎えた。

©長崎県観光連盟
提供:五島市

⑪奈留島の江上集落
(江上天主堂とその周辺)

「奈留島の江上集落(江上天主堂とその周辺)」は、潜伏キリシタンが信仰の共同体を維持するに当たり、どのような場所を移住先として選んだのかを示す、5つの集落のうちの一つである。
 19世紀、外海地域から各地へ広がった潜伏キリシタンの一部は、奈留島の人里離れた海に近い谷間を移住の適地として選び、知性に適応しながら指導者を中心としてひそかに共同体を維持した。
 解禁後はカトリックに復帰し、集落内の湧き水に恵まれ防風に優れた場所に教会堂を建てたことにより、彼らの「潜伏」は終わりを迎えた。